種田山頭火の俳句 50句

今日も事なし凩に酒量るのみ

野良猫が影のごと眠りえぬ我に

沈み行く夜の底へ底へ時雨落つ

雪かぎりなしぬかづけば雪ふりしきる

いさかへる夫婦に夜蜘蛛さがりけり

労れて戻る夜の角のいつものポストよ

分け入つても分け入つても青い山

鴉啼いてわたしも一人

木の葉散る歩きつめる

ほろほろ酔うて木の葉ふる

どうしやうもないわたしが歩いてゐる

捨てきれない荷物のおもさまへうしろ

秋風の石を拾ふ

年とれば故郷こひしいつくつくぼふし

枝をさしのべてゐる冬木

笠も漏りだしたか

松はみな枝垂れて南無観世音

越えてゆく山また山は冬の山

うしろすがたのしぐれてゆくか

鉄鉢の中へも霰

うつむいて石ころばかり

父によう似た声が出てくる旅はかなしい

もう冬がきてゐる木ぎれ竹ぎれ

雪へ雪ふるしづけさにをる

わかれてきた道がまつすぐ

あるがまま雑草として芽を吹く

酔へばいろいろの声が聞こえる冬雨

ころりと寝ころべば空

青葉の奥へなほ小径があつて墓

たれもかへる家はあるゆふべのゆきき

あるけばかつこういそげばかつこう

木の葉ひかる雲が秋になりきつた

わたしと生まれたことが秋ふかうなるわたし

うどん供へてわたくしもいただきまする

うまれた家はあとかたもないほうたる

春風のどこでも死ねるからだであるく

ひとり山越えてまた山

死ねない手がふる鈴をふる

吹きつめて行きどころがない風

散りしくまへのしづかさで大銀杏歩くほかない秋の雨ふるつのる

秋風あるいてもあるいても

なむあみだぶつなむあみだぶつみあかしまたたく

塵かと吹けば生きてゐて飛ぶ

蛙になり切つて飛ぶ

おちついて死ねさうな草萌ゆる60にして落ちつけないこころ海をわたる

蚊帳の中に私にまで月の明るく

こしかたゆくすゑ雪あかりする